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懐かしさを具体的に説明できない人

昔懐かしいモノというのはそれぞれ年代や趣味によって異なるが、「懐かしすぎて死ぬ〜〜〜〜」となるのは人類普遍の価値観である(当社調べ)。

 

この「死ぬ〜〜〜〜」という感情は少なくとも語彙が死んでしまったことを指しているわけではないだろう。懐かしさという純粋な心の動きが語彙を崩壊させているのであれば、その結果が「死ぬ〜〜〜〜」に表れて、現れているにすぎない。因果関係を取り違えてしまうよくあるパターンだ。

 

では一体なぜ懐かしさにこれほど感動を憶えてしまうのか。過去の美化による影響が強いと思われる。

 

当時の主観として良かった面のみが記憶に残り、悪かった面が見えなくなってしまう。これもよくある話で、あの人は頑固だったけれどそれもまた性格的な良さであったなあ、などと葬式なんかで話されるといったニュアンスの場面に大抵の人は出くわしたことがあるだろうが、これはその頑固さによる過去の実質的な被害を忘れてしまったからこそ生まれる発言だ。死んでしまったならもう被害を受けることはないし、無理に悪い人に仕立て上げるのも心が疲れるだけとも言える。

 

ただ「死ぬ〜〜〜〜」はここまで大げさな話ではない。良かった面ですら記憶そのものが欠けているだけだ。長年触れ合う機会がなかったのだから当然であるし、その期間が長ければ長いほど感動が強まると同時に記憶も薄まっている。相当の思い入れがあるほど自分の人生にとって重要なモノであるならば、度々思い出して記憶を失わないよう整理しているから語彙は死なない。

 

つまり結論は、「死ぬ〜〜〜〜」となる昔懐かしいモノというのは懐かしさそのもの(または年月)に感動しているのであって、特に当時のそれに対する記憶とは強い関係性はなく、自分でも説明できないだけということです。ショックで語彙が崩壊させられたのではなく、徐々に失われている記憶を語彙の崩壊として認識した部分を勝手に強調してしまっただけのこと。強いて言うならばその当時の生活背景を思い出しているか、オールドファッションを今と比較して楽しんでいるかでしょう。