読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

二度寝して頑張る(何を?)

会話をしたことはないけど存在を知ってる人が亡くなったと聞いた。70代だったらしく、まあそのあたりから死に加速度的に近づいていくのかなあと現実味もなく想像する。解放されたんだなあとも思ったし、悲しいなあとも思った。

 

何か新しいことに取り組んだり未知の分野に一歩踏み出したりするたびに、これは貴重であると同時に永久のものではないんだよなあと眠たくなる。無気力。楽しいことは楽しいし、楽しくないことは楽しくない。しかしトレードオフにはならず、楽しいことをいくら噛みしめても辛いものは絶対的。WBCは思いの外楽しんでいる。

 

生活の意味は?飛行機は移動のために存在し、飛んでいるからこそ次の瞬間も飛ぶことができるわけだが、人間の目的は?空腹にはなるし、髪は伸びるし、体力は落ちる。これらを解消することではない。多分。これこれこういう体験をしました、こんなものを得ることができて、成長できました。そんなことを他人に話す機会がそのうち来るのかと思うとうんざりする。

 

生活の最大瞬間風速は二度寝の時に計測されるのではないかなと振り返る。絶対的で普遍的な幸せ。ただ、何のために寝るのかというと疲れを取り除くためで、その疲れはどこからやってきたかというと生活で。生活によってなされる二度寝は生活から遠ざかろうとしているが次の生活の源をまた生み出している。辛いなあ。でも空腹も辛い。

 

n時間寝続けたとして、他人がそれを見たとき死と何が違うのだろうか。目覚めとか脳死とかそういうことじゃなくて、外から見たときの身体の支配下の意識というか、もっと機能的な何か。夢を見ずに眠っていることに自ら気づくことはできるのか?すぐに忘れてしまう。あれ、意識の支配下の身体?社会の支配下の人格?

 

民衆の脳に数え切れないほど姿を現した道筋が自分にも巡って、一方的にそれを少し文字にアウトプットすることで頭の中が少し壮大になる。すぐに戻るけど、現実でこんな話をしたら全体の幸福度が低下する。壮大の対義語ってなんだろう。まあ、その民衆らの生活、意識、死を確認することはできないわけで、たちまち誰の記憶からも消え去り、有ったかもわからなくなる。自分の先祖もろくにわからない。今ある自分と社会は過去のエネルギーを要素として成立していることはわかるから、まあ有ったのだろう。集合が哲学になるには何年かかるのだろうか。頑張って生きよう。ネクストのジャネレーションをクリエイトするため?わからない。森友学園とか無理に盛り上げられてるけど、あれは人類が滅亡すべきだとしか感想がない。とりあえずカメラの練習がてら、動物園に行こう。けものフレンズと特に関係はない。

 

ブログ、ほんの一瞬を記録できるツールだなあ。明日にはこのアウトプットも変化している。